ケーブルカーに沿って下山です。
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この踏切を渡ってまっすぐ行くと前にアップした鶴林寺跡へ?って
心細そうな山道ですが・・・
何の名前は、新興住宅地のような「霞ケ丘」とついてますが周辺に家も寺もなく
たぶん、次の「梅屋敷駅」を作ったからでしょうね。
ロープで繋がってるケーブルカー、下で止まると上でも止まる、が駅がないと困るから?
道草した方が、人生愉しい。低速徘徊をモットーに、野をうろうろ、路地をきょろきょろ、無名なモノ達を見て回り、お気楽撮りの画的写真と駄文をつらつらと日々アップ、・・・コメント、気楽にくださいましィ〜

『経塚の記』(現地説明板)より〜その1
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生駒山宝山寺中興開山湛海律師は大般若波羅密多経の広大無辺なる功徳を顕彰するために、経塚の建立を発願され、安永5年第6世光善和尚の代に一石一字の般若経を納められたのが、この大経塚です。然るに何時しかこの経塚も荒廃に帰し、第16世慧證和尚は深くこれを
嘆いて経塚再興を発願、昭和7年8月、願成就の大供養会が開かれました。
降って、昭和53年7月、第18世実道和尚がお堂を建立する等、現在の姿に整備しました。
この所縁により、特に交通安全、諸病平癒、除災開運の効験が顕著な塚とされています。
ご祈願の修法、灯明を点じ、妙香を薫ず。
般若心経一巻、南無十六善神七遍、南無釈迦無尼仏七遍
平成五年六月 大本山生駒山 宝山寺
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てな文章を斜めに読んで経塚へ・・・盛り土の周りに石仏が並んでます。
正面にはメインとなる石仏があって・・・
小さな石像?が、盛り土の周りを囲んでます。
同時にアップした「その3」で全部載せてます。
こちらが正面の裏、向こうに見えてるのが・・・
こんな風になっており、こちらが旧参道からの入り口なんでしょうね。
宝山寺方の距離を示す町石?
地理院地図に明記のある経塚からの旧参道は見当たらず、ここから下るのを諦めました。
輕塚由来碑という石碑の横に・・・
昭和七年八月十八日の日付の由来書ですね。
ネットに載っていたのは別の由来書きからのコピーみたいね。
他には・・・「白龍大神」と文字のコンクリート杭、意味がわからん???