2026年4月1日水曜日

【鉄路徘徊】山陽電車1日切符で行く2〜山陽別府駅・多木家

山陽電車1日切符で行く2の最終です。
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神社側から見えていた巨大な台座
地図には創業者の「肥料王多木久米次郎彰功碑(銅像跡)」とあります。
台座から思うに・・・この銅像って、かなり大きかったかと・・・


この題材にも新野辺住吉神社と同じく「肥料王」とありますが
新野辺の方は、二代目社長の多木三良銘でしたね。


横が、今回の最終目的地「多木浜洋館 同比閣」があります。


常時見学出来ないので・・・


建物の周りをぐるぐると・・・


室内は、どうなってるんやろか?


見学会に機会あれば・・・


と思いつつ・・・


維持管理も大変やろな・・・


洋館に別れを告げて・・・山陽別府駅へ向かいます。


途中の空き地に・・・ここに屋敷があったんやろなぁ〜


その横には・・・


この建物もけっこう古そうで・・・


ここが本社なのね・・・と廃線にはった鉄道、会社は今も健在なのね!


ということで終了・・・お隣の有名量販店で涼んでから電車の乗って帰りました。
嗚呼、暑かった・・・


2026年3月26日木曜日

【鉄路徘徊】山陽電車1日切符で行く2〜山陽別府駅・別府住吉神社<2>

社殿へ〜
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どーんと標柱


勇ましい文面が彫られてます。


今となっては改めて読むひともなく・・・


大正十二年・・・


ん?


別角度から・・・


神殿には近寄れずは予想通りで・・・


狛犬は・・・


新しい・・・


琴平宮とありますが・・・


遥拝所でした。


ここの古い狛犬が・・・


先代の狛犬で、社殿前にいたのかもね。


こちらは・・・


八幡神社と五輪の塔


多木家は肥料の他に帯皮製造所ってベルトコンベヤーのベルト製造業もやってたのね。


外周の玉垣をみつつ・・・


北側の入り口


石灯篭をチェック

大阪 住吉講とあり
各地の住吉さんにお参りし、色々と奉納してたんやろか?


多木家銘以外の世話人銘明記ありで、苗字は大阪商人の屋号かな?


年号は・・・やはり江戸の文政十三年、多木家前の時代ね!


神社の隣に巨大な石の台座が・・・???



2026年3月24日火曜日

【鉄路徘徊】山陽電車1日切符で行く2〜山陽別府駅・別府住吉神社<1>

今回の徘徊で一番大きな神社です!
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鳥居が立派!!〜四角の柱の鳥居です。


敬神尊王〜意味は読んでごとくでしょうね。


寳祚無窮
皇位は終わることが無い(永久に続く)」という意味


真正面に社殿が見えてますが・・・


まぁ、当然といいますか・・・多木銘に早、遭遇であります。

神社の大きさの割に百度石が控えめサイズで〜これは摂社の百度石かな?


手洗鉢、別途立派な手洗舎ありです。奥に見えてるのが・・・


たしか・・・お稲荷さんやったような・・・


参道に戻って・・・恵美須神社


ここにも・・・


競うように、この二社銘が・・・


まぁ・・・当然ですが・・・


多木家銘の方が多い


灼熱な上、歩き疲れで読む気が失せた碑文で・・・


裏側の奉納者銘確認・・・やはり多木家


社殿前の石灯篭も・・・


当然ながらの・・・多木銘で〜


ずらーっと彫られている人名は・・・


社員さんなんやろか?


1面17名×4面=68名、役職な方々かな?


年号は大正十三年・・・関東大震災の翌年、復興を祈ってか?
それとも関東大震災後の帝都復興、昭和天皇が良子女王と結婚を祝ってか?
まさかの阪神甲子園球場が完成記念〜(^^;;;


先にアップした道標は、これの案内やったのね〜


手枕と書いて「タマクラ」と呼ぶそうで、なので道標は「田まくら」となっていたね〜
播州松巡り」の東端で、兵庫県高砂市の曽根天満宮にある「曽根の松」とともに霊松とばれているとか〜ちなみに「播州松巡り」コンプリートしてましたわ。