2026年2月9日月曜日

【宿題ポタ】大阪出来島ブラリの宿題<1>〜発端:水害の痕跡

発端は・・・輪友まださんからのお話で〜
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大塚切れ洪水碑〜えーっ!?そんなことがあったんや!!
大正6年の洪水の詳細はココここ


大きな洪水は明治18年にもあって古代河内湖が再出現するほどの
大水被害が出たそうです、ギョギョですがそんな歴史、忘れてますよね。


決壊した高槻市大塚のその頃の古地図ですが、氾濫箇所付近が湿地?荒地?まま!?
地形的に大水が枚方駅西側の山間地でせき止められ対岸で大水が出たんでしょうね。
調べると枚方側にも水害を今に伝える碑があるようで〜


で・・・
二回目の出来島徘徊時、水害の痕跡なぁ〜と思いながら淀川の河口部へ・・・


淀川と神崎川に囲まれた場所に矢倉緑地が広がってます。


この緑地は、昭和9年の第1室戸台風で水没した田畑を埋め立てた土地だそうで・・・


その頃の古地図見たら洪水の傷跡の荒地?が広がってます。


さらに・・・
昭和25(1950)年のジェーン台風の後、上の古地図にある布屋・外島は
海抜ゼロメーター地域でもあり完全に海没地となったそうで
その頃の古地図を見ると・・・わお〜陸地がない?!


帰宅後、明治18年頃の古地図発掘!どこで手に入れたんやろか?〜(^^;;;
淀川が新しく掘削される前って、広大な河口三角州地帯やったんですね!
そら大水でますわな!!・・・ということで旧河口域付近の水害の痕跡探査をば〜


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