発端は・・・輪友まださんからのお話で〜
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決壊した高槻市大塚のその頃の古地図ですが、氾濫箇所付近が湿地?荒地?まま!?
地形的に大水が枚方駅西側の山間地でせき止められ対岸で大水が出たんでしょうね。
調べると枚方側にも水害を今に伝える碑があるようで〜

で・・・
二回目の出来島徘徊時、水害の痕跡なぁ〜と思いながら淀川の河口部へ・・・

淀川と神崎川に囲まれた場所に矢倉緑地が広がってます。

この緑地は、昭和9年の第1室戸台風で水没した田畑を埋め立てた土地だそうで・・・
さらに・・・
昭和25(1950)年のジェーン台風の後、上の古地図にある布屋・外島は
海抜ゼロメーター地域でもあり完全に海没地となったそうで
その頃の古地図を見ると・・・わお〜陸地がない?!
昭和25(1950)年のジェーン台風の後、上の古地図にある布屋・外島は
海抜ゼロメーター地域でもあり完全に海没地となったそうで
その頃の古地図を見ると・・・わお〜陸地がない?!




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